木とともに暮らす日々
ひとりからふたり、そしてチームになった
企画/それからデザイン 執筆・写真/磯木淳寛
朝方まで降っていた雨が、こんもりとした茶畑で葉っぱを濡らしていた。
5月の日差しを浴びて、新緑がひときわ目に眩しい。昔から狭山茶が栽培されていた地域。心地いいそよ風が通り抜ける。
三輪さんの家が見えてきた。
ウッドデッキから三輪知之さんとあかねさんが、生まれて3ヶ月の大和くんを抱えて出迎えてくれている。
「子どもが生まれて生活がガラッと変わりました。6時半に起きて夜9時には布団に入ってますね」
知之さんは現在半年間の育休中。息子をだっこしたり寝かしつけしたり、子ども中心の生活で、一生のうちにそう何度もない貴重な時間を家族で過ごしている。大和くんの話をするとき、知之さんの柔和な顔はよりいっそう「にゅわ~」っとほころぶ。
知之さんが都内にある学習塾に転職したのは4年前。
それまで10年勤務した建設系の会社は転勤が数年ごとにある会社だったが、奥さまと「将来、家も建てたいね」と話していたことや、仕事と家庭生活とのバランスを取りたかったことも理由で、引越をともなう異動が基本的にない現在の会社に転職。数年後、飯能市に家を建てた。
「私は関東に所縁がなくて何もわからなかったんですけど、事前にたくさん調べて話し合いもして決めました。実際、飯能は住むのにすごくいいところです」
そう話すあかねさんは愛知県出身。出会いはお互い名古屋に住んでいたときにふたりが参加した10対10の婚活パーティだった。ひとりあたり5分くらいずつの会話をしたあと、もっと話したいと思った人を選ぶ。このとき、知之さんはあかねさんを、あかねさんは知之さんを選んだ。
「印象はよかったよね。話してて一番しっくり来て盛り上がったし、もうちょっと話してみたいなと思って。…どうだった?」と穏やかな語り口で知之さんが投げかけると、「話した内容は全然覚えてないけど、やっぱりフィーリングが合ったのかなあ。人当たりも良かったし」とあかねさんがにこやかに返す。
肩の力が抜けた会話のキャッチボールをするふたり。やがてふたりは知之さんの趣味である野球観戦にも行くようになっていくが、すぐに正式な交際をスタートさせたわけではなかった。
「数回食事をしたあとに彼の方から告白されたんですけど、出会い自体が婚活パーティーだったので、お受けしてしまうと結婚が確定してしまう気がして。まだ25歳だったし、ちょっとビビッてしまって」
とはいえ、お互い人間性に好感を持っていたため、それからも一緒に食事に行く友人関係は続いた。そのうち、より内面の魅力を感じるようになっていく。
「結婚相手として構えて見なければすごくいい人だなと感じて。その後、結婚とかは考えずにということで付き合うことになり、付き合ってみたら嫌なところが全然なくて、結婚してもいいかなと思うようになったんです」
ふたりとも家のなかでまったり過ごすというよりも、アクティブに外に出かけていくタイプ。交際期間中は名古屋ドームに野球を見に行ったり、月イチペースで岐阜、三重、京都など、旅行にも頻繁に出かけた。
「姉が住んでいる岡山にも行ったし、ふたりとも旅好きで、出会ってから結婚するまで1年だったけど思い出は結構濃いですね」とあかねさんがしみじみ語る。
そう、一度は終わりそうになった関係も、振り返ってみれば出会いからわずか1年後には結婚するほどの信頼関係を築くまでになっていた。
外からキジの鳴き声が聞こえてきた。
「姿は見せないんですけど、茶畑の中を歩いてたりするんです」
家の南側、掃き出し窓の向こうに茶畑が見える。あかねさんが作ったお庭では、グランドカバーのクラピアが白くて可愛い花を咲かせていた。
「私たちふたりとも実家が戸建ての家で育っていたので、将来的には庭のある戸建てで暮らしていきたいねって話をしてて、今その理想が叶った感じ」
飯能の家は2021年4月に完成。春に出会い、春に結婚。引越しも春。春にいろいろ起きるふたり。
春を迎えるためには冬を越す必要がある。隣家との境にある薪棚と、リビングの中央に設置された薪ストーブは三輪さんのお家のストーリーには欠かせない。
結婚後のある日、ふたりはお出かけの一環でたまたまアウトドア系のショールームを見に行ったという。おしゃれなショールームのなかでふたりが目を留めたのは同じものだった。薪ストーブだ。
「かっこいい」
「かわいい」
ふたりとも一目ぼれ。一気に自分たちの家のイメージが具体的に膨らみ始めた。
「それから、薪ストーブの似合う、自然豊かな環境に木の家を建てられたらいいねとふたりで話すようになりました。それでちょっと調べてみたら飯能市のパンフットに薪ストーブの煙突がある家の写真が大きく載っていたんですよね。それで飯能はアリかも?って」
「私も薪ストーブで検索していたら、たまたま出てきたYutakaのHPに薪ストーブの家が載っていて好印象を持っていたんですが、その後飯能市のHPを見ていたらそこにもYutakaのHPのリンクが貼ってあって。本当に奇跡的にバチっとはまってびっくりしました」
飯能は、知之さんが学生時代に登山をするために来ていたこともあった場所。もともと自然があって好きな地域だった上に勤務先へのアクセスもかなり良い。
さらに…「実は大の西武ライオンズファンでもあるので、飯能に住めば西武球場にも気軽に行けそうだなって!」といたずらっぽく笑う知之さん。
隣で微笑むあかねさんも、「飯能で何軒か見学させてもらったとき、薪ストーブを入れている移住者のおうちが多くて、地域全体に薪ストーブに対するウェルカム感があったんです。それで安心してここを選べたのもあります」と話す。
薪ストーブは、天板で料理できるのは?暖房効率が良いのは?などYutakaに相談して吟味。JOTUL(ヨツール)というノルウェーのメーカーのものを入れた。
念願だった薪ストーブのある暮らしはどうですか?
「もう最高です。薪ストーブの上で焼いた芋をかじりながら、パチパチと薪が燃えていく様を見つつお酒をちびちび飲むのが一番の癒し時間。それでいて年中いつでも味わえるわけじゃないのがいいのかもしれないですね」。薪ストーブの活躍する季節に思いを馳せる知之さん。
さらに薪ストーブは、移住者で地域に知り合いもいなかったふたりに、人の繋がりを作ってくれる存在でもある。
「薪は、薪ストーブ屋さんがやっている薪の譲渡会に参加して調達してるんですけど、ほかにも飯能市内で薪ストーブをきっかけに知り合いになった方で、飯能の間伐材を好きに持って行っていいよという会もあるので、それにも参加しています。年齢も近くて私たちに良くしてくれて、とてもありがたい仲間です」
知之さん自身もチェーンソーを借りてちょうどいいサイズに薪を割っているそう。薪ストーブが活躍するのは秋の終わりの11月末から3月くらいまで。寒い冬にも楽しみがあるのって、すごくいい。
知之さん、あかねさんと会話していると、ときおり気持ちいい風が抜ける。三輪さんのおうちで印象的なのは、窓の配置とその大きさ。窓同士を対面に作っているため、両方を開け放つとすごく風が通るのだ。
「元々大きな窓が理想だったんですが、予算の関係で今より小さくする話もあったんです。でも、窓だけは妥協しないほうがいいとYutakaさんにも言われて、そうしたのが正解でした」
「そうそう、Yutakaさんは初めてこの土地に下見に来たときにも、“日差しの入射角を考えたらこういう向きでこういうおうちが建てられますね”と言ってくれたり、親身になってアドバイスしてくれて助かりましたね」
階段の上、北側からの柔らかい日差しが1階のリビングを優しく照らす。
「産後も、新生児がいるとやっぱりなかなか家から出られないんですよね。正直少し鬱になりそうな時期もあったんですけど、そういうときでもおうちの中から外が見えて光も風も感じられたことですごく救われました。自分が頑張って作った花壇の植物が伸びている様子や、秋に植えた球根がちょっとずつ芽吹いていくのも家の中から見えたりして」。あかねさんの隣で、知之さんがねぎらうように静かに見つめながら何度もうなずく。
妊娠中にも、日常の暮らしを助けに来てくれていた母や姉から「ちょっと庭を歩いてきたら?」と声をかけられて庭を歩き、また頑張ろうと前向きな気持ちにもなったそう。
あかねさんが思い出す原体験のひとつが、ご実家の隣にあった祖父祖母の家の裏庭で、園芸をしているおばあちゃんにくっついて回って、一緒に草を取ったり、作業していたこと。その豊かな時間が好きだった。
「ずっと庭のある暮らしをしたいと思っていて、それをするのにここはすごくいい場所。庭づくりの本で勉強したり、近所にあるハーブガーデンを参考にして宿根草とかハーブも植えています。ゆくゆくはお庭で育てている植物でドライフラワーやリースを作って家に飾ったり、ハーブをお料理に活かしたりもしたいですね」
また、自分たちで買ってくるだけでなく、ときには家庭菜園をやっているご近所さんに苗や収穫した野菜をもらうことも。「いつかお返しもできるくらいに」と庭では少しづつ野菜畑も作っているところ。
知之さんが薪を準備したり、あかねさんが庭に植えた季節の花や野菜を楽しんだり。
飯能の家が出来てから、四季を感じることも、それにまつわる夫婦の会話もたくさん増えた。
結婚。家づくり。そう簡単にやり直しのできない人生の大イベントを二人三脚で歩んできたふたりに、今、お互いのことをどう感じているか聞いてみた。
「お互いの主張がぶつかり合うということはあんまりないですね。お互い柔軟性はあると思うし、ぼくも妻のそういうところにすごく助けられています。ぼくの考えを尊重してくれますし、ぼくが関心のないことをちゃんと決めてくれるところも。
個人的に大事にしているのはやっぱり相手を責めないこと。家づくりでも、こうしておけば良かったっていう所がもしあったとしても“そこを決めたのはそっちじゃん”と責めないというか。家づくりって正解はないと思うし、子育てもそうですよね。なにごとも二人三脚で会話をしながら決めていくことなので」と知之さん。
「私たちって、お互いに妥協できるというか寄り添えるタイプ。子どもができてからはより“チーム”でがんばろうって感じが強まった感じがします。大変なときもお互い様。思いやりを持って接せられるのも、この人を選んで良かったところかなと思います」。あかねさんが大和くんを抱っこして左右に揺れる。
ふたりのチームが3人になって、これからも毎年、春が来て、夏、秋を超えて、冬を迎える。「まだまだ余白だらけ。これからが楽しみ」という庭も室内も、年を経るごとに三輪さんのおうちらしくなっていくのだろう。
外ではまたキジがのんきな声で鳴いていた。知之さんが、あかねさんの腕の中でまどろむ大和くんを見て目を細めた。
(2023/05/20 取材・執筆)
三輪邸 DATA
所在地 | 埼玉県飯能市 |
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お引き渡し日 | 2021年4月 |
家族構成 | 夫婦、子ども1人 |
こだわりワード | 西川材,薪ストーブ,吹抜け,ガーデニング,植栽,フレックスウォール |